初心者からプロまで、写真を愛する人のための情報サイト

旅と写真.com

協力団体

  • MRC
  • ウェンディー
  • 日本旅行写真家協会
  1. 「旅と写真.com」TOP > 
  2. 旅の撮影スポット > 
  3. 【滋賀県・長浜市】黒壁スクエアって何?

2021.01.29

連載阿部吾郎の日本撮影スポット巡り

【滋賀県・長浜市】黒壁スクエアって何?

阿部吾郎の日本撮影スポット巡りVol.51

  • 旅の撮影スポット
  • 25 滋賀県
  • 阿部吾郎の日本撮影スポット巡り
  • 歴史的町並み
  • 歴史的建造物

滋賀県長浜市にある「黒壁スクエア」、数ある琵琶湖周辺の観光スポットの中でも、近年非常に人気が高まってきている場所です。ところで、この「黒壁スクエア」って何を指している言葉なのかご存知ですが。冒頭の写真はヒントにはなりますが、正解そのものではありません。スクエアというからには広場のようなところですかね?実は、この「黒壁スクエアって何?」という疑問を解いていくと、この地域の試みや成果がいかにすばらしいものか分かってきます。

私は以前、滋賀県の会合に出席した際、「株式会社黒壁」の方にお会いする機会があり、黒壁スクエアの存在を知りました。その時は、古い倉庫かなにかを改装した大規模なお土産店といったようなものかな?とあいまいな理解をしていました。
ですが、何にか引っかかるものがあり、昨年の11月に現地を訪れてみました。すると、昔ながらの街並み、古い建物を改装した魅力的なお店や飲食店の数々、海洋堂フィギュアミュージアム黒壁も発見して、これは面白い所だと実感しました。
しかしながら、「黒壁スクエア」とは具体的に何を指すのか、どこからどこまでの範囲が黒壁スクエアなのか(これは現地で配布されているパンフレットにも明確に記載されていません)、どのように運営されているのかなど謎が残りました。
どうしても真相を知りたくなったので、この訪問から2週間後「株式会社黒壁」に取材を申し込みました。

広報室室長の佐藤泉さんにお話を聞くことができ、全ての謎が解けました。そして、この「黒壁スクエア」というものが、いかにすばらしい着想のもと展開されて、いかに大きな成功を収めたかを知ることができました。
では、現地で撮影した写真をご覧に入れながら、「黒壁スクエア」について説明して行きましょう。

目次
≪1≫黒壁スクエアの定義
≪2≫観光と文化財保護の両立
≪3≫黒壁スクエアの景観
≪4≫新しい試み
まとめ


≪1≫黒壁スクエアの定義

長浜駅びわこ口の駐車場内の案内看板より

まず、黒壁スクエアの定義に関してご説明しましょう。
上の3枚の写真をご覧下さい。1枚目の写真は奥に「大手門通り」のアーケードの入口が、左側に「黒壁ガラス館」、手前に「96カフェ」が写っています。
2枚目は、左側に「モノココロ」、右側に「黒壁AMISU」と2軒のショップが写っています。
上の地図で言うと、北国街道(地図の下で「北国」で切れてしまっていますがこの通りです)と大手門通りの交差点の様子を撮影したものです。

そう、この一角が「黒壁スクエア」・・・と言いたいところですが、違います。
いや、よく地図を見ると黄色く色が変わっているところに黒壁スクエアと書いてある、ここが黒壁スクエアでしょう・・・正確に言うとこれも違います。

答えを申し上げましょう。
黒壁株式会社広報室長の佐藤泉さんによると「あえて定義は明確にしていない」とのことです。
強いて言えば、直営店+黒壁グループ協議会の合計23店舗の総称として黒壁スクエアと呼んでいるといったところでしょう。
上の地図の黄色いエリアには、この23店舗以外のお店も当然ありますので、実は地図上でここが黒壁スクエアと指し示すことはできないのです。
なお黒壁グループ協議会とは、「街を盛り上げて行こう」というコンセプトの商店主の集まりです。



≪2≫観光と文化財保護の両立

「黒壁スクエアって何?」という疑問に関して、まだ皆さん完全には合点が行っていないと思います。
この章では、黒壁スクエアの歴史と現状を見ながら、この疑問にさらに迫って行きたいと思います。

(1)黒壁ガラス館の歴史と現在

一番最初の写真に写っている黒い壁の建物、これが「黒壁ガラス館」です。
これは明治33年(1900年)に完成した第百三十銀行長浜支店の建物で、黒漆喰の建物であったことから「黒壁銀行」「黒壁さん」という愛称で親しまれていました。
黒壁スクエアの名前は、ここから採られています。
昭和29年(1954年)から昭和62年(1987年)までは、カトリック教会として使われていました。

昭和63年に教会が移転したのに伴い、この年発足した第三セクター株式会社「黒壁」がこの建物を買い取り、翌平成元年に「黒壁ガラス館」としてオープンしました。
この時、他に2店舗がオープンし、黒壁スクエアの歴史がスタートしました。

商人の街として栄えていた長浜ですが、昭和40年ごろから衰退の一途をたどっていました。
大型店舗進出の影響などから、商店街はすっかりシャッター通りとなり、商店街に訪れる人は月間でわずか4千人ほどまで落ち込みました。
秀吉時代から続く伝統の曳山祭りさえも存続が困難になっていました。

株式会社「黒壁」が発足した際、黒壁の建物の前で通行人調査をしたところ、日曜日の午後だったにもかかわらず「ひと四人と犬一匹」しか通らなかったそうです。
そんな状態からスタートした黒壁スクエアですが、令和2年(2020年)には、なんと累計来場者集5,000万人を達成したのです。
この30年余りの間に、一体何があったのでしょうか?

黒壁ガラス館 1階部分の天井とシャンデリア

黒壁ガラス館 2階にあがる階段

黒壁ガラス館の中に入ると、たくさん並んでいる魅力的なガラス製品の数々に目が行ってしまいますが、まずは建物自体をじっくり見てください。
1階天井の八角形と四角形を組み合わせた装飾や美しいシャンデリア、時代を感じさせる赤い階段、モダンで荘厳な当時の銀行の雰囲気を感じることができます。

黒壁ガラス館 2階売り場

黒壁ガラス館 1階売り場

取材した11月、既にクリスマス向けの商品が並んでいました。

手軽に買える小物も充実。

黒壁の建物をどう利用するかを検討する際、大型店舗におされて商店街が衰退して行く時代に、なんとか地元の繁栄に貢献する方向を目指そうとするなか、黒壁初代社長の長谷定雄さんは「ガラスのある所に人は集う、特に女性が集まる」とガラス館としてのオープンを決めました。
これまで地元では誰もやっていなかった事業であり、当時係わった人たちにとっては異業種であり、このことが変なしがらみを生まず協力し合えるひとつの要因となりました。
その後、国内外への視察や買い付けを重ね、目利きも育ち、厳選された豊富な品揃えを実現していきます。

貴重な建物を保存しながら、そこで商店街の繁栄に貢献する事業を行う。この黒壁ガラス館で実践された手法を、どんどん広げることにより造られたのが、黒壁スクエアという総体です。
引き続き、もう少し個々の実例を見て行きましょう。

(2)黒壁ガラススタジオ

黒壁ガラス館の裏にあるガラス張りの建物が「黒壁ガラススタジオ」です。以前は教会の礼拝堂として使われていた建物です。
1階はガラス製品の売り場の他、ガラス細工の制作工房があり、自由に見学できるようになっています。
2階は展示スペースになっており、礼拝堂の雰囲気が残っています。

2階の展示スペース

ガラス工房

日常的に手軽に使えるガラス製品が揃っています。

(3)黒壁オルゴール館

黒壁オルゴール館は、旧銀行倉庫を改装したものです。いかにも古い倉庫といった外観ですが、中はシンプルながらモダンな雰囲気に改装されています。
カラフルな世界のオルゴールが並べられており、見ているだけで楽しめます。
ウエディング、出産、誕生日など、プレゼントに最適なものから高級なアンティークまで揃っています。
オルゴールデコレーション製作体験も受け付けています。

(4)再び定義してみよう

黒壁直営店+黒壁グループ協議会に属する23店舗の建物は、全てもともとある建物を利用したもので、新しく建てたものはありません。
直営店以外のお店は、名物のっぺいうどんの「茂美志屋(もみじや)」のように、もともとこの地にあったお店の他、黒壁が誘致したお店もあります。
近江牛レストランの「毛利志満」は近江八幡に、和菓子の「叶匠寿庵」は草津に本店がある、いずれも有名なお店です。
もうひとつ、誘致により出店したお店として注目なのは「海洋堂フィギュアミュージアム黒壁」です。ものづくりの伝統伎が伝わる長浜の地にふさわしいということで誘致されました。

*海洋堂フィギュアミュージアム黒壁に関してはこちらをご覧ください。

元々あるお店に、さらに魅力的なお店も加えることにより、全体の集客力をアップしてきたということですね。

長浜には、黒壁の他に6つの商品組織あるそうですが、黒壁創立から30余年かかってやっと協力しあいながら街を発展させて行こうという流れが根付いてきたそうです。

さて、ここで「黒壁スクエアって何?」という疑問に一応の答えを出しておきましょう。
これは、私なりに導き出した答えですが、
「街の発展を願い多くの観光客を呼び込み、同時に古き良き街の姿を後世に残して行こうという取り組み」
と言っていいのではないでしょうか。

平成元年に始まったその歩みが、30余年の時を経て、累計来場者5,000万人という偉業につながったのです。
まさに、地域振興の模範と言える実績ですね(実際に行政の視察も多いそうで、安倍元首相が来られたこともあるそうです)。


≪3≫黒壁スクエアの景観


一応の答えを得たところで、ここからは黒壁スクエアの風景をお楽しみください。
黒壁直営店+黒壁グループ協議会に属する店舗は、主に南北に走る北国街道と、それに交差する2本の商店街にあります。
それぞれ趣のある風景が見られます。

(1)北国街道

長浜の街を南北に貫く北国街道、日本海から京都に抜ける街道筋として古くから賑わってきました。
今でも、当時の面影を色濃く残しています。

左側にあるお店は鯖そうめんの有名店「翼果楼(よかろう)」。

日が落ちると点灯する北国街道の常夜灯。

「武者隠れ道」と呼ばれた場所。屋敷と隣家の境界が不規則に出入りし戦の時身を隠しやすいようにできている。

(2)大手門通り

長浜の街を東西に走る商店街。一時はシャッター通りだったというのが信じられないほど地元の人々や観光客でにぎわっています。
それもそのはず、海洋堂フィギュアミュージアム黒壁、曳山博物館をはじめ、魅力的なお店やレストランが軒を連ねています。

入口の門には曳山祭りの子供歌舞伎の様子が描かれています。

アーケード通りですので雨の日もゆっくりお買い物を楽しめます。

商店街の中を米川が横切っています。

(3)祝町通り

大手門通りの一本北側にある通り。大手門通りに比べやや静かな通りですが、レトロな雰囲気で趣があります。
風景としては、こちらの方が絵になります。

北国街道と祝町通りの交差点。

左手前にあるのが人気のお蕎麦屋さん「そば八」。



≪4≫新しい試み


最後に、黒壁スクエアの新しい試みに関してご紹介しましょう。
常に新しい店舗をオープンしたリ、既存の店舗を改装するなど進化し続ける黒壁スクエア。
常に動きのある場所だからこそ、リピーターが増え、さらなる発展につながっていきます。

そうした流れの中にある代表的な2つの店舗をご紹介しましょう。

(1)モノココロ

令和元年7月にオープンした「黒壁六號館モノココロ」、店名のモノココロには「モノと出会って心が弾む」という意味が込められています。
ブランドマネージャーが集めてきた「日々の暮らしをちょっと楽しくするアイテム」が揃ったセレクトショップです。
ガラス製品の目利きで培った眼力を、それ以外の分野にも広げた形です。

ステーショナリー、アクセサリー、かばん、ハンカチ、洋服など様々な日常品が揃っています。

マグカップ、グラス、魔法瓶、お皿、弁当箱、スプーンなどもあります。

商品が並んでいる様がひとつの風景ですね。

(2)黒壁AMISU

平成29年3月に「黒壁AMISU」が拡張リニューアルオープンしました。
AMISUとは「見立て」を意味する言葉で、湖北の地の空気を見立てて、その土地のおいしものを届けるお店です。
一見、普通のお土産屋さんのようにも見えますが、よく見るとモノへのこだわりが伝わってきます。

滋賀・長浜の食品がテーマごとに整然と並んでいます。

滋賀のかりんとうやあられが、おもわず食べたくなるしゃれたディスプレイで売られています。

滋賀県内の工房で造られたこだわりの商品を扱うコーナーもあります。

琵琶湖の淡水真珠「琵琶パール」復活の活動も行っています。

滋賀県内の生産者が造ったこだわりのお茶。煎茶、そば茶、紅茶、烏龍茶などさまざまなお茶が揃っています。

滋賀の酒蔵で醸造された「滋賀酒」コーナー。

まとめ


ちょっと長い記事になってしまいましたが、最後までご覧いただき、ありがとうございました。
「黒壁スクエアって何?」という疑問を提起し、それを解いて行くことによって黒壁スクエアの取り組みと実績のすばらしさをご紹介しようという試み、いかがでしたでしょうか?
現地で撮影した写真もできるだけたくさんご覧いただき、理屈だけでなく感覚的にお伝えできればと考えた次第です。

コロナで世の中一変してしまい、観光産業は上から下まで大打撃を被りました。
「黒壁スクエア」にとっても、大変な状況だと思いますが、常に新しいものを取り入れ進化してきたこれまでの歴史を見れば、時代に合わせた新しい形でさらに発展して行くことでしょう。

この記事を見て、興味を持たれた方は、是非一度現地を訪れてみてください。

撮影スポット情報

黒壁(外部リンク)

関連記事

写真家情報

阿部吾郎詳細

得意分野 風景 拠点 11埼玉県 所属団体 日本旅行写真家協会
分類 プロカメラマン

トラベルガイド株式会社代表・ツアープランナー・カメラマン・ライター
旅行会社で20数年勤務したのち起業。マレーシアの旅行情報サイト「トラベルガイドマレーシア」を運営、自ら写真撮影・文章執筆を行う。カメラマンとしてアジアを中心に撮影を行い、旅行会社を中心に画像素材を提供。

▲pagetop