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2019.06.20

連載赤穂市の観光・撮影スポット

赤穂市の観光・撮影スポット No.3 ー歴史と自然ー

赤穂市の観光・撮影スポット No.3

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赤穂市の歴史と自然を体感できる観光・撮影スポットをご紹介します。赤穂市中心部の千種川より東側に位置する尾崎地区の歴史スポット、北前船寄港地としても知られる坂越の街並みや天然記念物の生島を見渡せる絶景スポット、有年地区の古代遺跡などを巡ってみましょう。最後には、新幹線撮影のポイントとして有名なスポットもご案内します。

赤穂市の中心部は、千種川の流れにより東西に分かれ3本の橋で結ばれています。尾崎地区は川の東側にあり、一番北側にある赤穂大橋を渡ったあたりに位置しています。まず最初に、この尾崎地区にある赤穂八幡宮を中心に神社仏閣が集まってる地域をご紹介して行きましょう。

【赤穂八幡宮】
1406年創建の古社で、もともとは赤穂市内の別の場所にありましたが後にこの場所に移りました。江戸時代になって、尾崎地区の塩田開発が進む中、歴代藩主の信仰を受け、規模を拡大していきました。

鳥居から石畳の参道が真っすぐ拝殿に向かって伸び、途中に石の太鼓橋がある風景はとてもフォトジェニックです。本殿の左右に伸びる長堂には絵馬が飾られています。色褪せているものが多いのですが、江戸時代の日付が入ったものも見られます。拝殿の内部も見学することができます。

≪大石手植えの櫨(はぜ)≫
赤穂八幡宮の境内には、大石良雄(内蔵助)お手植えと伝えられている櫨(はぜ)の木があります。

【信仰の道】
赤穂八幡宮の右横を通る道の坂の手前に「信仰の道」と記された道標が立っています。この坂を登って行くと、神宮寺、如来寺、塩釜神社、琴平神社、普門寺といった神社仏閣が集まっています。

【塩釜神社】
東浜塩田に祀られていましたが、大正7年に金刀比羅宮、天神社と合祀されこの地に移り、平成20年の改築を経て現在の姿になっています。

【普門寺】
聖徳太子の創建と伝えらえるお寺で、もともとは雄鷹台山に建立されましたが、後にこの地に移りました。本堂の建物は新しく、ステンドグラスが使われたり、かわいいイラストタッチの雲中供養菩薩の絵が配されるなどモダンな造りとなっています。

しかし、このお寺に安置されている木造千手観音座像は平安前期の作とされ、国の重要文化財に指定されています。もとは京都の神護寺に祀られていたものが兵火を免れこの寺に移されたものと言われています。お寺の方に声を掛ければ見学させていただけます(電話で予約を入れるとより確実に見学できます)。こういった貴重な仏像は通常撮影禁止ですが、このお寺では撮影させていただけますので、写真好きにとっては貴重な場所と言えるかもしれません。

【ノット岩】
宝崎神社の境内にある岩で、海岸にある波に削られた岩の形状をしており、この地がかつては海岸線であったことを物語っています。神社の境内に突然このような岩があるのはかなり違和感があり、他ではあまり見られないユニークな景観となっています。

神功皇后が三韓征伐の帰りに大嵐に会い、難破寸前の時にこの岩に立って祝詞(のりと)を唱え海を鎮めたと言われており、のりとがなまってノット岩と呼ばれるようになりました。

【おせど】
赤穂城明け渡しの直前から京都山科へ旅立つまでの約二カ月の間、大石内蔵助と家族が仮住まいをした場所です。

牛石・馬石と呼ばれる一対の石があり、元は赤穂城の本丸の中庭園にあり、明治維新の後この場所に移されました。石は薩摩のもので、島津候から浅野候へ送られたものと伝えられています。

ここからは、赤穂市の東部にある港町「坂越(さこし)」の様子をお伝えします。現在では、坂越牡蠣の産地として有名ですが、奥深い入り江を持つ天然の良港として古代より栄えた港町です。

【坂越の街並み】
北前船寄港地としても知られるこの地は、回船業で栄えました。今でも、多くの伝統的建築物が残されており、映画のセットのような街並みが見られます。風景写真はもちろん、モデル撮影などにも使えそうなスポットがたくさんあります。

路地を抜け、裏手の丘に上がると、町の屋根が連なる向こうに坂越湾を望むスポットもあります。

【坂越まち並み館】
旧奥藤銀行を修復し、坂越の観光案内所として整備されたものです。内部には当時の大きな金庫が残されており、見学することができます。

【奥藤酒造】
慶長年間から約400年続く造り酒屋。赤穂の地酒「忠臣蔵」を購入することができます。

【奥藤郷土資料館】
奥藤酒造の一角にある郷土資料館で、奥藤家に残る酒造道具や回船業関係の資料、生活道具などが展示されています。

【旧坂越浦会所】
天保3年に完成した建物で、行政や商業の事務を行う会所として使用されました。また、赤穂藩の茶屋としての役割もあり、2階には藩主専用の「観海楼」が設けられていました。復元工事を経て平成6年から一般公開されています。

【大避神社】
大避(おおさけ)神社とは変わった名前ですが、御祭神の大避大明神とは聖徳太子に仕えた秦河勝(はたのかわかつ)のことで、太子没後に曽我入鹿の迫害をさけて海路この坂越に着いたことにちなんで「大避」となりました。他ではあまり見られない、独特な雰囲気を持つ神社で細部にこだわりながら写真を撮っていると、いろいろ発見があります。

鳥居をくぐり、細い参道を進むと隋神門があり、その奥に拝殿があります。拝殿から左右に絵馬堂が伸びており、様々な絵馬が飾られています。この構造は、赤穂八幡宮と同じです。北前船が描かれた絵馬が多く、かつてのこの地の繁栄を物語っています。

また、拝殿の屋根には96枚の花鳥獣図が極彩色で描かれています。隋神門には、仁王像と神様が背中合わせに安置されているのも注目です。

【妙見寺観音堂】
大避神社から、急な坂道を15分ほど歩くと到着します。車でも上がることができます。

奈良時代の天平勝宝年間に行基が開き、平安時代の大同年間に空海が中興したという由緒あるお寺です。現在の建物は、江戸時代の享保7年に再建されたものです。坂越湾の眺めは、この後ご紹介する宝珠山山頂の方がきれいですが、お寺の舞台から眺める風景には趣があります。

【宝珠山山頂】
妙見寺観音堂からさらに山道を登ると宝珠山の山頂に到着します。ここも車で来られますが、対向車が来るとすれ違うのが困難なほど狭い未舗装道路ですのでご注意ください。山頂部は小さな広場のようになっていますが、もとは茶臼山城というお城がありました。

ここからは、生島や坂越湾の全景がきれいに見えます。望遠レンズを使うと、生島にある大避神社の御旅所と船倉もはっきり見ることができます。生島は、大避神社の神地として樹木の伐採が禁じられていたので原生林が保持され国の天然記念物に指定されています。島内に古墳があり、秦河勝の墓所ではないかと言われています。

西の方向を見ると、美しい千種川の流れを見ることができます。

【八十八か所石仏巡り】
宝珠山山頂周辺には、八十八の石仏が点在しており、これらをお参りしながら山歩きを楽しむことができます。

赤穂市の北部、豊かな自然が残る有年(うね)地区には、多くの古代遺跡があり「赤穂市の文化財の宝庫」と呼ばれています。珍しい地名ですが、田んぼの畝と同じように「少し高くなったところ」という意味と言われていますが諸説あるようです。

【有年考古館】
旧石器時代から中世に至る、赤穂市の文化財を展示する資料館で、入館は無料です。卑弥呼の鏡と言われる三角縁神獣鏡も展示されています。

【有年原・田中遺跡】
弥生時代後期の大型墳丘墓が2基復原保存されています。大型の特殊器台付き土器も出土しており、墳丘上にレプリカが並べられています。本物は、先ほどご紹介した有年考古館で見ることができます。

墳丘には突出部分が設けられており、前方後円墳の原型ではないかとも言われています。

周囲の山々をバックに土器のレプリカを撮ると面白い写真が撮れるかもしれません。

【東有年・沖田遺跡】
縄文時代後期から室町時代にかけての複合遺跡で、古墳時代後期の竪穴式住居や高床式倉庫、弥生時代後期の大型竪穴式住居が復原展示されています。

【塚山古墳群】
50基以上の古墳が見つかっている、赤穂市最大の古墳群です。林の中に古墳が点在する様はどこか神秘的です。横穴式石室の内部が見られる状態になっているものも多数あります。中でも6号墳は最大のもので、玄室内に間仕切りが設けれているという珍しい構造となっています。

【高瀬舟灯台】
2018年に有年八幡神社境内にあった高瀬舟灯台が修復されました。高さは約5メートルあります。かつてこの地は宿場町「有年宿」として賑わっており、千種川を走る高瀬舟を使った水運で運ばれた米や塩などの集積場がありました。このため、この地に灯台があったのです。

千種川の水運は、赤穂鉄道にとって代わられる明治時代まで続きました。

【光明寺】
東有年にある光明寺は平安時代に弘法大師が創建した名刹です。苔むした境内に石仏が並び、木漏れ日が差し込む風景はなんとも言えない情緒があります。写真を撮るにはもってこいの場所です。

≪光明寺奥之院≫
鎌倉時代の建武年間の銘がある宝篋印塔など、貴重な文化財が多数あります。

鎌倉時代から黒沢山光明寺と号し、鎮護国家の霊場として隆盛を誇っていました。戦国時代尼子氏の争乱で焼き討ちに会い、その後復興したものの山上の不便さもあり、現在の光明寺がある場所に移転しこの場所は奥之院として残されました。現在は、小さなお堂があるだけですが、この広い敷地にかつては多くの伽藍が並んでいました。

木々の切れ間から、美し風景を見ることができます。

【赤穂鉄道軌道跡】
赤穂鉄道は、大正10年から昭和26年までの約30年間、播州赤穂と有年の間を運行していた軽便鉄道です。その廃線跡は道路として利用されていますが、県道525号線の周世地区で千種川沿いを走る部分は、森の中を走る細い一本道となっており、いかにもかつてローカル鉄道が走っていたであろうことを想起させる風景が続いており、廃線ファンにも人気のスポットとなっています。

【切山隧道】
江戸時代、千種川の河口域にあった赤穂城下では、井戸を掘削しても海水が沸き、飲み水の確保が困難でした。このため、1616年に長さ104メートルに及ぶ切山隧道を開削し赤穂上水道が整備されました。

後に取水口が変わったため、この隧道は農業用水として利用されるようになりました。昭和38年に水利改良事業のため入口がコンクリートで覆われてしまいましたが、内部は現在も往時の姿を留めており、約400年の時を経ても灌漑用水路として今も利用されています。

【尼子山】
標高259メートルの山で、かつては尼子城がありましたが、毛利勢の攻撃により落城し、現在では城跡も残っていません。山頂には神社があり、眺望が開けているので周辺の様子を一望することができます。

【新幹線撮影スポット】
県道457号線が千種川を渡る橋の上から、千種川橋梁を走る新幹線の全景が見られます。防音壁や柵も設置されておらず絶好の撮影ポイントとなっています。
ただし、歩道は千種川橋梁の逆側にあり、車道に出ての撮影となるため注意が必要です。
下の写真は、歩道側から撮影したものです。

*撮影:トラベルガイド株式会社 阿部吾郎

撮影スポット情報

赤穂観光協会ホームページ

写真家情報

一般社団法人 赤穂観光協会詳細

得意分野 風景 拠点 28兵庫県 所属団体 --
分類 自治体

清流千種川が瀬戸内海に注ぎ込む河口域にできた赤穂。「赤穂浪士」や「塩づくり」の歴史や瀬戸内海国立公園に位置する自然豊かな地域。

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